品番:
シリーズ:TOPS
シルエット:フロンティアジャケット
FABRIC:MADE IN U.S.A.
縫製:日本(吾北第一工場)
発売年:1970年代中頃
当時価格:
所有:BJ社員所有
保管場所:本社アーカイブ室
管理番号:
補 足:
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こちらのジャケットはかなり味が出てますね~
私のこのジャケットのジッパーは結構埋もれてる感じもあって
あまり可動具合はよくないんですが、コチラも同じでしょうか?
因みに私は1900円というかなりお得な価格で手に入れました♪
BIG JOHNの商品は古着屋では3大デニムブランドに比べても
かなり価格が安めに設定されてるので
BJファンにとってはとても喜ばしいことですね!
投稿情報: 罪と真実 | 2010/06/17 23:55
このジャケットもジッパー埋もれていますが、可動具合はとりたてて問題はありませんね。
実は埋もれているというか、デニム生地でジッパーの金具をカバーして、他に傷つけない役目があるので、開閉具合は多少辛抱してもそっちを活かしているのかもしれません。
なのでジッパーを上まで閉じると、デニムでカバーされ、意外と見え方としてはシンプルなフロントスタイルになります。
古着の値段はもちろん需要と供給のバランスで決ってくるのですが、それよりも「日本の古着」という価値観&基準がまだ確立されていないため、値段は低めですね。
ただ、USA古着やユーロ古着などと比べて、圧倒的に絶対数が少ないので、逆に希少性からすると断然高いです。
お宝的なものを探す楽しみがあるのは日本古着だと僕も思います。
探すポイントとかそんなに多くの人が知っているわけではないので、自分の足を使えば、まだまだザクザクと発掘できる時期だと思っています。
あと20年経てば、そのザクザク発掘も少なくなってきて、あと半世紀経てば、日本古着の市場も少しは開いているかもしれません(笑)
投稿情報: ナガミネ | 2010/06/18 18:54
このジャケット自分が幼少時に父親が着ていました。家にあるはずなんですが
見つかりません。ジーンズが好きになった中学生時代にジッパー部分を見て
「TALON?YKKパチ物か?」なんて思っていたので、すごく印象に残っております。
当時の国産ジーンズは皆、ローライズ気味でヒップがきつく、ウエストが
合っても履けないくらいにスリムなものが多いけど、Gジャンも細身ですよね。
古着屋で状態が良いビッグジョンやビッグストーンのGジャンを捜していますが
何しろ数がないのか売ってないし、サイズがLでもピチピチ。昔の基準で見たら
自分でもデブになっちゃうのかなあ・・・・・
アーカイブモデルとして70年代のビッグジョンのGジャンなんかも欲しいです。
M1002 Japanモデルと同仕様のGジャンバージョンならカッコいいと思います
投稿情報: マートン | 2010/06/18 20:02
実際に親が着ていたとはスゴイですね!
どこか家の奥に眠っていることを願っております。(決して捨てられたことのないように・・・)
当時のものはジーンズもジャケットも現代のサイズと比較すると小さいですね。
たぶん2インチは小さいような気がします。
ジャケットだったら38が今の36くらいに相当するものかと。
やはり70年代は男性も小柄で細みの方が多かったような印象がありますから、
今の36が当時の真ん中サイズだったのではないでしょうか。
デニムジャケットはなかなか需要がないために、市場でもあまり見受けられませんが、無いとなると人間欲しくなってくるもので、そろそろあっても良い時期なのかなとも思います。
M1002リジッドをセットアップで提案っていうのも面白いかもしれませんね☆
投稿情報: ナガミネ | 2010/06/21 09:59
国会図書館で1970年代末期〜82年頃のジーンズ関係の書籍を読んだんですが、どの本も「ジーンズのサイズはキツすぎるくらいのモノをチョイス。すき間に指1本入るかどうかくらい。」と書いてあるんですよね。
当時のジーンズのサイズの小ささは、このような考え方を反映しているような気がします。
また染料については「ジーンズ生産量の増加により、最近ではインディゴ染料の代わりに工業用アニリン(本によってはアニリン紫)を代用している」といった記述があったりして、なかなか興味深いです。
投稿情報: 87分 | 2010/08/07 20:49
そうですね。
70年代当時の雑誌などを見ると、そういうサイジングで書かれていることがほとんどですね。
おそらく80年代後半まではそういう「指1本分のすきま」という暗黙のルールがあったような記憶があります。
そして90年代に入り、「ウエストで合わせる」ことから、「腰に軽くひっかけて穿く」ことが定着しはじめ、ジーンズ選びの際のサイジングに変化が出てきたかもしれません。
その頃は「コブシひとつが入るくらい」が合言葉になっていました。
トップスをジーンズの中に入れる70年代と、入れない90年代。この違いからサイジングの基準が徐々に変わってきたのだろうと思います。
そして染色については70年代以降いろいろな方法が開発されたようです。
作っても作っても売れていく時代なので、それに対応する技術が必要とされたのでしょうか。
しかしアニリンは初耳です!
こうして調べていくと当時の軌跡も見えてきて面白いですね!
投稿情報: ナガミネ | 2010/08/09 09:34